ニートになるまでのクソ人生を振り返る(Part1)

私がニートになるまで ニート・ひきこもりの話

時の流れは早いもので、もうすぐ私がニートになってから3年が経過しようとしています。それでせっかくブログを書いていることですし、この3年という節目を迎えるにあたって、

ニートになるような人間は今までどういう人生を送ってきたのか?

ということを一度整理してこのネットの海に晒してみようという気になりました。

そういうわけで今回は私のこれまでの酷い人生について書いていきます。ぜひ下には下がいるということを認識していただき、「こんなクソみたいな人生を送っている奴が本当にいるんだ」とでも思っていただければ逆に幸いです。


では、さっそくですが私のこれまでの人生の経過をまとめていきますね。非常に長いので、次の3つのパートに分けて書きます。

  1. 学校生活編←いまここ
  2. 社会人生活編
  3. ニート生活編
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私がニートになるまで Part1:学校生活編

まずは学校生活から振り返っていきます。

小学校時代:すでにコミュ障、しかし気付くはずもない

はじめに小学校時代です。このとき既にコミュ障の特徴がちらほら表れていて、何となく周囲との違和感を感じ始めていました。しかし親や周囲の大人は「子供だからよくあること」「性格のせい」「大きくなれば自然と治る」と思ったらしく、コミュ障問題は何の対策もなされないまま放置されました。

小学校時代の主なエピソード

  • 何も悪くない先生に「このゴミめ」と言い放つ
  • 先生に中指を立てて大問題に
  • 流行りのゲームなどは一切買ってもらえず孤立
  • 高学年の時は友達がいなくなったので、ほぼ一人で登下校
  • のちにエリートとなる兄弟と険悪になる。喧嘩で回し蹴りを食らって1m吹っ飛ぶ

一応、仲のいい友達はいたが…

まあコミュ障と言っても低学年のうちはさほど気にされないもので、一応仲のいい友達はいました。しかし学年が上がるにつれて「なんか変な奴」と思われることが多くなったらしく、気づいたら友達がいなくなっていたのは悲しかったですね。

勉強はそこそこできたけど、問題行動も多かったので先生も対応に苦慮したんじゃないかと思います。

中学時代:地獄の始まり

次に中学時代は私にとってはまさに暗黒時代で、何度もいじめられたり適性のないリーダー役を押し付けられたりと踏んだり蹴ったりでした。正直クソ過ぎて今でも夢に見るくらいです。

ただ、そんなことがあっても不登校にならず毎日通っていたことだけは今でも誇りに思っています。

中学時代の主なエピソード

  • リーダーの適性がないのに、「真面目そうだから」という理由で学級委員長を無理矢理やらされる
  • さらに学級委員長だから、という理由で無理矢理生徒会長候補に推薦される→大爆死
  • 何も悪くないのに、同じ部活の奴から通りすがりに「死ね!」と言われる
  • 下級生全員に嫌われて侮辱される

いじめ&無理矢理リーダーをやらされる

小学校時代はボッチになりつつも穏便に生活できていた私ですが、中学に上がったとたんその状況は一変します。いじめです。言動が他の子とズレている私は格好のターゲットになったのはいうまでもありません。

まあいじめといっても、幸か不幸か担任が超熱血教師だったので殴られるとかはほぼなかったのですが、ギリギリ問題にならない程度の「言葉による陰湿ないじめ」はかなり受けていました。

元々繊細だった私はそれだけでも相当ダメージを受けましたが、さらに追い打ちをかけてきたのが「面倒ごとを押し付ける」タイプのいじめです。つまり結託して私を学級委員長に祭り上げたというわけです。これならリーダー適性のない私に重荷を押し付けて追い詰めることができますし、表面上は何の問題もないので先生も何も言えません。巧妙なやり口です。

こうして学級委員長になってしまった私は毎日気苦労と不安で押しつぶされそうでした。はじめて「死にたい」と思ったのはこの頃でしょうか。でも不登校になるのは嫌だったので、毎日憂鬱になりながら学校に通っていました。1年たてば肩の荷が下りるだろう、そう考えると少し気が楽になりました。

ところが世の中そんなに甘くはありません。なんと今度は生徒会長候補に祭り上げられたのです。理由は「学級委員長だから」という、反論のしようもないほどシンプルなものでした。私は初めて「奈落の底に突き落とされるような感覚」を味わいました。

結局仕方なく生徒会長候補になったものの、結果は当然ながら大爆死といえるほど無残なものでした。その後は流れで委員会の委員長をやらされ、そのせいで下級生から舐められて侮辱されるなど散々な目に遭いました。

高校受験だけは無敵だった私

しかし、そんな私にも運が味方してくれることが一つだけありました。それは高校受験です。

今の高校受験の仕組みはよく知りませんが、私のときはどの高校も

  1. 面接で受験(前期)
  2. 筆記試験で受験(後期)

という2つの受験方法があり、それぞれ1回ずつなのでチャンスは2回。このうち面接で受験する前期入試は筆記試験がないので、ここで受かってしまえば何の苦も無く希望の高校に入れるという形になっていました。

それで結論から言うと、なんと面接だけで希望の高校に合格したのです。しかも同じ中学では私だけ

正直落ちたと思っていたのでこれには驚愕しました。もし受験に失敗したら中学時代のクソ共が集まる地元の高校に行くしかなかったので、このときは心底ホッとしましたね。残りの中学校生活も地獄でしたが、このおかげで何とか歯を食いしばって卒業することができました。

高校入学までの春休み、私は呑気に「高校では充実した生活を送りたいなぁ」などと思っていました。まあ、ここからがまた地獄だということはこのときは思いもしなかったので無理もないですが…。

高校時代:コミュ障が表面化

次に高校生活では、コミュ障が表面化して悩むようになったのが大きな変化です。入学早々孤立して女子に嫌われるなど、こちらでもイジメを受けることになり随分悩みました。ただしこちらは進学校ということもあり、割と早くいじめが沈静化したため、後半は「居心地は悪いけどまあまあ楽しい」生活になりました。

高校時代の主なエピソード

  • 入学して2週間くらい、ほぼ誰とも喋らなかった
  • 速攻で女子に嫌われ、「キモイ」と言われまくって女性恐怖症になる(今となってはご褒美)
  • さらに見知らぬ他校の女子高生からも「キモイ」と言われるようになる(今となってはご褒美)
  • 入部した部活の合宿をすっぽかす
  • ほかのクラスメイト全員が持っている携帯を買ってもらえず孤立
  • 今度は部活で無理矢理部長をやらされる

入学早々、女子から嫌われていじめられる

さて、無事高校に入学したものの私には大きな問題がありました。それは中学時代のいじめのせいで完全に人間不信に陥っていたということです。変なことをしたらまたいじめられるんじゃないか、と思うと何をするにも怖い。その恐怖が私を無口&挙動不審にします。

…結果として入学してすぐにいじめられるようになりました。しかも女子に。当時は電車通学だったので、特に同じ電車に乗ったクソ女どもには朝から夕方までキモイキモイと言われ続けました。しかも女性のネットワークというのは恐ろしいもので、しばらくすると見ず知らずの他校の女子からもキモいと言われる始末です。このせいで人間不信に拍車がかかったばかりか、完全に女性恐怖症になりました。

まあ、女子高生からいじめられるなんて今となってはご褒美でしかないですけどねぇ!おかげでちょっとマゾになっちまったよ!はは…

救世主(?)現る

ところが、そんな状況を一変させる出来事が起こります。なんとクラスのリーダー格のA君が「いじめ問題」を解決してくれたのです。あまり具体的なことは書けないのですが、それ以降は目に見えるいじめはピタリとなくなりました。あのときのA君の活躍には感謝してもしきれません。ありがとうゴリラ

以降はまあまあ楽しかった高校生活

それ以降は人間関係とかコミュ障&運動神経ゼロのせいで悩むことはあったものの、高校生らしい生活を送れたので良かったなぁと思います(でももっと女子高生と戯れたかった)。

ちなみに大学受験は高校受験の時ほどすんなりとはいきませんでした。センター数学がボロボロだったので、その結果に見合った適当な大学を選んで進学することになりました。

大学時代:悩み多き毎日&精神病の兆候

最後に、大学時代はそこそこ楽しかったけど悩んでばかりの毎日で、この時から精神病の兆候も徐々に現れ始めていました。振り返ってみたらそこには実りあるものは何もなかった…そんな空虚な4年間でした。

大学時代の主なエピソード

  • 知り合いはそこそこいたが、相変わらず「友達」と呼べる人はほとんどいない
  • 教習所で教官に蛇蝎のごとく嫌われる
  • この頃から頭がモヤモヤして気分が悪くなったり、将来のことを考えて不安になったりする日が多くなる(病気の兆候)
  • 必修の単位を落として留年しかける
  • 卒論のテーマについて、締め切り2週間前くらいまでちゃんと理解していなかった
  • 何となく就職活動してクソ企業から内定をもらってしまう

何をすればいいのか全く分からなかった大学時代

大学時代はついに実家を出て過干渉な母親から自由になりましたが、一方で自由すぎて「一体何をしたらいいんだろう」と途方に暮れてしまっていたのもまた事実です。何かしないと充実した生活を送れないのは分かっているけど、何をしたら充実するのかが分からない。そんな感じでした。

結局暇を持て余してダラダラ過ごす毎日になってしまい、学業も趣味も全部中途半端。しかも相変わらず人とかかわるのが億劫だったため、休日は全然外出せず引きこもりニートのように過ごしていました。こういうことを考えるとやっぱり元からニートの才能はあったんだなぁと思います。

人間関係がうまくいかず悩み続ける&将来への不安

大学生活はそれまでの学校生活のようにクラスがないので「人と(強制的に)かかわらなければならない」という場面は減りましたが、そうはいっても授業でのグループワークや、サークルで人とのかかわりはあったのでそうした場面では苦労しました。

さすがに大学ではいじめはないものの、やはり特定のタイプの人から嫌われたりするのは日常茶飯事。なのでこの頃から

  • 「なんで昔から人間関係が上手くいかないんだろう、自分は普通に接しているだけなのに」
  • 「周りのせいか?いや、こう何度も上手くかないのは自分に問題があるのでは」
  • 「もしかして自分は何か精神的におかしいんじゃないか」

といったことを頻繁に考えて悩むようになりました。そして「このまま社会に出てやっていけるのだろうか…」と不安ばかりが募っていきました。

謎の体調不良

また、それと同時に体調不良にも悩まされるようになりました。突然動悸がしたり、頭がモヤモヤしてまともにものを考えられなくなったりしたのです。しかし、この時はそういった症状の原因が精神的なところにあるとは知らなかったですし、しばらくすると治まったので病院にも行きませんでした。

やっとゲットした内定。それがクソ企業だとは知る由もなし

そういった状況の中で大学生活も3年目を迎え、いよいよ就職活動を始めることになりました。

しかし学生にコミュニケーション能力を求める企業が多い中で、そのコミュニケーション能力に問題がある私を採用しようというところはなかなかありません。さらに何となく学生生活を送っていた私には大してアピールできる強みもなく、就職活動は難航しました。書類選考は難なく通るのですが、肝心の面接ですぐにふるい落とされてしまうのです。一社、また一社…とお祈りメールが届き、そのたびに私はガックリと肩を落としました。

ところが、そんな中で1社だけ好意的に接してくれた企業がありました。ある地方の中堅企業のA社です。面接は終始穏やかに行われ、人事面接・役員面接ともに非常に気さくに話を聞いてくれたので「こんな企業で働きたいなぁ」と思いました。

結果は内定。初めて内定をもらったので飛び上がるほどうれしかったのを覚えています。そして他に内定もなく、これ以上就職活動を続けたくなかった私は即座に承諾しました。やっと終わった、これで安心だ。そう思いました。

しかし、このときの私にはそれが地獄への片道切符だとは知る由もありませんでした。


私がニートになるまで Part2:社会人生活編」に続く

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