結局この世は「運」がすべてだよね、という話

結局世の中すべて「運」 素朴な疑問・考察

こんにちは。今まで運が良かったことと言えば日本に生まれたことくらいで、それ以外は悲惨なクソニートです。

今回は世の中に関する話題で、タイトルの通り

結局この世で上手く行くかどうかは「」がすべてだよな

という話です。

というのも最近「親ガチャ」というワードが巷に溢れているのですが、そんなの親に限らず人生あらゆることが運じゃん…と私は思うわけなんですよ。

そこでここでは

  • 「運も実力のうち」ではなく「運=実力」である
  • 恵まれた人ほど運の良さに感謝せず、自分の能力がすごいと思いがち

といったことについて私なりの考えを書いていきますね。

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「運=実力」!その理由とは?

では初めに私が一番言いたいことを言うと、それは

「運も実力のうち」ということわざは間違いで、「運=実力」という考え方こそ正しい

ということです。理由は「実力とは運によって身につくものだから」です。詳しく説明しますね。

実力とは運で身につくものである

まず「運も実力のうち」ということわざは運と実力を切り離して考えているのですが、私の意見では実際には実力とは運によって形成されるものなので、このことわざは間違っていると思います。

ではなぜ「実力は運によって身につくものだ」などと言えるのでしょうか?分かりやすく説明してみましょう。

そもそも何らかの物事に対して実力があるということは、

  • 本人に才能があった
  • その才能を伸ばせる環境があった

ということに他ならないと思います。そこでもう少し考えてみると、

  • 本人に才能がある→才能の有無は運である
  • 才能を伸ばせる環境がある→その環境に身を置けるかどうかも運である

といえます。

才能の有無に関してはまあ皆さんお分かりの通りで、生まれつきの身体能力や知能の基本値&伸びしろは人によって異なるのでこれはもう完全に運です。あと環境についても、例えば生まれた国や家庭によって貧富の差・育て方の違い等があったりするので、才能を伸ばせるかどうかもかなりの部分運ですよね。

そういったことを考えると「運=実力」であって運と実力は直結しているのでこれを切り離して考えるのはまったくバカバカしいと私は思います。

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運が良い人ほど「自分自身がすごい」と思い込んでいるから始末が悪い

ところが、悲しいかな世の中を見ると恵まれた人ほど自分の強運に感謝せず、自分はすごい!とか努力の賜物だ!とか言ってふんぞり返っている有様です。こういう驕りは完全にバカげていると思いますね…お前は単に運が良かっただけだろと思ってしまいます。

…というのは、例えば努力して何か成し遂げた人は「努力できる才能」を持っているわけで、それって結局さっき言った運の賜物だよねということです。

しかし人間は

  • 悪いことが起きると運が悪かったと思い
  • 良いことが起きると自分の実力のおかげだと思う

生き物なので、恵まれた人ほど「運じゃなくて自分の実力のおかげだ」と考えてしまいがちなんですよ。そしてこういう人が運が悪かった側の人に対して「努力が足りない!」などと責め立てるというわけです。…まったく狂った世の中ですね。

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おわりに

以上、ごく簡単ではありますが「結局この世で上手く行くかどうかは運次第だよね」というお話をしてきました。

…こういうことを書くと

  • そんなことはない、努力次第でどうとでも上手く行くはずだ。お前は努力していないからそんな甘えた考え方なんだ
  • 自分の悪い状況を運のせいにして努力から逃げているんだろう

などと言われてしまいそうですが、まあそういうことを言えるということは恵まれた側の人でしょうから羨ましい限りです。私のようなニートに対して反感を持つ暇があるならその時間をもっと有意義にお使いください。

今回は以上です。

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