このままだと確実に孤独死することになるニートの話

ほぼ確実に孤独死 ニート・ひきこもりの話

こんにちは、ニートです。今回はタイトルの通りで「このまま年をとったら、私は確実に孤独死するだろうなぁ」というちょっとした話です。

今や孤独死は社会問題として取り上げられることも多く、今後人知れず死んでしまう人がどんどん増えるのではないかと言われています。それでこの問題が取り上げられるたびに自分も他人ごとではない…というか、むしろほぼ確実にそうなるだろうと思うと(後述する通り悲観はしないけど)何とも言えないモヤモヤした気分になります。

ここではそのモヤモヤ感を整理するためにも、「このままいくと孤独死するのが確実な自分の現状」と「それについて私自身どう思っているのか」について書きますね。

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孤独死まっしぐらなニートの現状

ではなぜ自分がほぼ確実に孤独死することになるだろうと思っているのかというと、次のような要因が満遍なくそろっているからです。

  • ひきこもりの精神障害ニート
  • エリートな兄弟とは絶縁状態
  • 友達ゼロ
  • 恋愛経験ゼロ(=結婚する可能性ゼロ)
  • 親が高齢(=遅かれ早かれ一人暮らしになる)

まず私は精神障害持ちの引きこもりニートなので、他人との交流が全くないし誰一人として信用していません。また兄弟とは猛烈に仲が悪くて絶縁状態なので何かあっても絶対に頼りたくないし、友達も一人もおらず、恋愛経験ゼロなので結婚も絶望的。加えて親も高齢です。したがって遅かれ早かれ「本当のひとりぼっち」になることは間違いないでしょう。…悲しいね。

それにしても、なんかこうやって整理してみると我ながら「なんて寂しい人間なんだ」と思いますね。私ももっと色々な人に囲まれてワイワイ楽しくやれるような生活を送れるような人間になれればよかったのですが。なんでこうなっちゃったんでしょうねぇ…。

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孤独死を避けられないならそれを受け入れるしかない

死んだ後のことなんてどうでもいい

さて、こう書くと悲観ばかりしているように思われるかもしれませんが、私自身は別に死んだ後のことなんかどうでもいいと思っているので、もし孤独死を避けられないならそれはそれで仕方がないと思っています。

そういう意味では諦めがついているというか、ある意味「孤独死まっしぐらな現状をある程度受け入れられている」感じなのでまだマシかなと思いますね(それでもなんかモヤモヤしますけどね)。

人間死ぬときは一人

まあとにかく、どうせ人間死ぬときは一人なんですよ。たとえ家族に看取ってもらえたとしても死ぬのは自分だけなので、きっと寂しいことに変わりはないでしょう。結局のところ違いは「死ぬときに看取ってもらえた方がちょっと幸せ」くらいなもので、死ぬ寂しさという本質的な部分は何も変わらないんじゃないかと思います。

なので個人的には「人知れず死ぬよりは誰かに看取ってもらえた方がいいかもしれないけど、自分の現状を考えると孤独死してしまってもそれはそれで仕方がない」と思います。

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おわりに:後悔しながら死ぬのは嫌だ

以上、ごく簡単ではありますが「自分は孤独死する可能性が高いけど、それは仕方ないと思っている」という話でした。まあ、私は根っからのボッチなので死ぬときもボッチなのはある意味当然でしょう。仕方ないと思うしかないですね。

ただしそうなるのは受け入れるしかないとしても、少なくとも後悔しながら死ぬのは嫌なのでその点は悔いのないようにしたいです。もちろんニートなので人生後悔ばかりですが、日々前向きに生きて突然ポックリ行っても後悔が残らないようにしたいものですね。

今回は以上です。